音楽鑑賞室(少しずつ・楽しく)


    2020年2月26日更新



今回は


ベートーベン交響曲第4番です


Wikipediaさんより

 


 

指揮:カルロス クライバー


Wikipediaさんより

 


 

バイエルン国立歌劇場管弦楽団


Wikipediaさんより





 

1982年5月3日ライブ演奏


「テレーズ事件」の前に 


C クライバー 指揮の


「ベートーベン交響曲第4番」を


聴いてみましょう。


個人的に  初聴きで とても驚いた演奏です。


これを聴く以前には あまり交響曲第4番を聴かなかったのです。


この演奏 以降は 興味が湧きいろいろな指揮者と


オーケストラで 聴くようになった


きっかけの演奏でもあります。




ベートーベン交響曲第4番


自分にとっては  この演奏を聴く


 



の時期に分けられるといっても過言ではありません。




*ライブでの 緊張感が伝わってきます。


オーケストラ団員の

楽譜を捲る音まで生々しい。


「息を呑む」が 適当でしょうか。 


交響曲第4番ってこんな曲だったんだ… 


こういう演奏に 仕上げる・出来る人がいるんだ…


聴き終わって 再認識した


日本の クラシックファンが多かったと思います。

当然 浅学の自分も同様でした。


C クライバー  の解釈 演奏を 


速度で 語る人もいますが

これはそれだけでしょうか。




ドイツのレーベル:オルフェオから出たもので

 

これ1曲で CD 1枚

 

30分に満たない演奏に

 

演奏後の拍手と

ブラボーの
3分03秒」を 入れ

 

30分以上の時間にして 苦心惨憺?CD化

 
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この1枚に

 

販売価格:日本盤で3000円以上・・

強気
ですね。


上の写真は 従兄弟から引き継いだ一枚です。

 

ベートーベン交響曲4番 1曲に 1枚

 

良い演奏です。

 

まずは 聴いてみてください。

 

YouTubeさんより

 


 

 

ここでカルロス火を吹いた」

 
これは 発売当時のキャッチコピーだそうですが

 

どこで火を吹いたかは 

   実際に聴いてみてください(^^)

 

 

その時 ピアノは火を吹いた!アルゲリッチ&コンドラシン」

 


チャイコフスキーのピアノ協奏曲のアルゲリッチのピアノでの

キャッチコピーと
ほぼ同じです。

 

参考記事:キリル コンドラシン さん 

 

  

 

この交響曲第4番の演奏は素晴らしいと思いますが 

 

これにも難癖をつける友人いました(笑)

 

盛り上がっているときには 

黙っていれば良いのですが

 

なにか 一言いわないと

気が済まない
人って何処にも いますよね(笑)

 

人それぞれ そこはお互い様ですか  (^^)

 


さて 
繰り返しです

この演奏は ライブ
演奏を録音したもので

 

カール ベーム 追悼ための コンサート」と

日本では紹介され 
言われています

 

公式的「厳密」には そうではありません。

 

カール・ベームが亡くなったのは

1981
年の14です。

 

ベームと親交の深かった

バイエルン国立歌劇場は

追悼コンサート

 

このクライバーとの定期演奏会の前に

 

既に開催しています。

 

それは 198111日 です

 

Für Karl Böhm 


Die Bayerische Staaatsopergedenkt 

ihres
 Enrenmitglieds und Ehrendirigenten

 

と題したコンサートです。

 

追悼コンサートは ミュンヘンで開催されました。

 

その日に クライバーは

シューベルトの「未完成」の

第2楽章を指揮し 
参加しています。

 

 

 

今回取り上げたベートーベン交響曲第4番

 

レコードは

 

バイエルン国立管弦楽団の定期演奏会 

 

1982年の「5月2日のコンサート・マチネー 

 

日:

「5月3日
の第回アカデミー・コンサート から

 

*5月3日の演奏を収録したものです

 

Für Karl Böhm」 とされていて

 

ベーム追悼の意を

もちろん 
兼ねていたかもしれませんが

 

前述のように 調べると 

追悼コンサートの
意味合いが 違います。

 

実際には追悼コンサート 

既に 終わっていて
ました。

 

 

当初  カール ベームが指揮する予定だった

公演
に際して

 

前年1981年に亡くなったため

 

クライバーが 指揮することにな

 

ベーム追悼弔意を示して

しっかり付記
されたものだとは 推察されます

 

日本では このコンサートをもって

 

「ベーム追悼コンサート」としている説明を

よく見かけます。


*上記のように整理して捉える事に自分はしています。





 

*この演奏会のCD化の件

ベートーベン交響曲 を

4番&7番で公演したのに

 

今回紹介した オルフェオのCD  レコードに

 

7番が一緒に収載されていないのが不思議でした・・

 

クライバーが

7番
のライブ演奏出来栄えには満足しておらず

 

両方を入れるのを 拒んだとされています。

 

コンサートでの

7番の存在広く知られていましたが

日の目を見るまでに

 

時間がかかったということです。

 

4番・7番を組み合わせた レコード化とは

なりませんでした・・・

 

では オルフェオから 第7番も手に入ります。


この第7番はとても面白い演奏で

後の記事で書いてみます。

 

(発売当初は 第4番のみCD化





 

*さて C クライバーは この頃

 

「ウィーンフィル」と

ベートーベンの4番を演奏
しようとしたことがあります。

 

しかし 実現しませんでした。

クライバーが
リハーサルで 

楽団員とトラブルになったようです。

 


*有名な「
テレーズ事件です。



1982年

 

ウィーンフィルとの

ベートーベン 
の「交響曲番」のリハーサル中に

クライバーが突然 

 

そこはマリーではない!テレーズだ!と。。

意味不明ですよね?
この指示は

 
*当記事の最後に Wikipediaさんからの引用あります 

 

何か 他でも イライラしていたのでしょうか・・

 

思い通りにならないオーケストラ

怒り心頭

指揮棒を折って そのまま その
を去りました。

 

このようなクライバーの気性では 

ベートーベンの
交響曲全集とか実現しませんね。。

 

(彼も 全集作成とか そういうつもりもなかったとも感じます)

 

自分自身は

バイエルン国立歌劇場管弦楽団との方が

こういう演奏が可能となったし  と 

 

なるべく 良い方に解釈しています。

 

ウィーンフィルとでは 

 

この速度 でかつ

颯爽とした メリハリの効いた 

 

しかし 悪く言えば 一歩間違えば

破綻するかのような 

ベートーベンの交響曲表現は

 

ウィーンフィルの楽団員達の性質からして

全員での
納得が得られなかった可能性高く

 

クライバーの解釈を良しとしなかった楽団員も

「少なからずいた」
のではないかと

 

なんとなく 推察しています。 


真相はどこに・・


熱く 長時間に渡る リハーサルが

必須の指揮者でした。


それが許される・許された  指揮者だったともいえますか。

 

以下 Wikipediaさんより引用

 

テレーズ事件とは、クライバーがウィーン・フィルと

ベートーヴェンの交響曲第4番をレコーディングしていた際に

起こった事件のことである。第2楽章の伴奏のフレーズを「テレーズ、テレーズ」というリズムで演奏するようクライバーは指示したのだが、オケは「マリー、マリー」としか演奏できなかった(セッションだったためリハーサルからレコーダーが回っており、没後制作のドキュメンタリー"I am lost to the World"で初めて紹介。「何故この通りに出来ないのか」など苛立ったクライバーの様子が聴く事が出来る)。そのためクライバーは指揮棒を真っ二つに折って帰ってしまったという。なお、レコーディングを引き継いだのはマゼールだったが、事情を聞いた彼は「それじゃあ私はマゼール、マゼールでいってみようか」と冗談めかしたという。カルロス指揮の歌劇公演を招聘し個人的にも親交のあった佐々木忠次は著書の中でカルロス本人から電話で「ウィーン・フィルと日本に行くつもりだったが、団員と喧嘩したので予定されていた日本公演では指揮したくない」と経緯を聞き、カルロスと関係の良好だったバイエルン国立管弦楽団との86年の来日を企画したと記している。

カルロス・クライバー(Wikipedia)脚注

*マリー ・ テレーズ って


薔薇の騎士の元帥夫人の名前ですか


噂の クライバー  使用の

書き込み入りの楽譜を見てみたいです。


*C クライバー   の 当ブログ過去記事 








読んでくださり

 

 

ありがとうございます。